台北日本語授業校
Taipei Japanese Supplementary School
バイリンガル教育について
国際結婚されている方の中には「オタクのお子さん、バイリンガルですごいわね」といわれた経験も持つ方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。国際結婚家庭のこどもは皆、バイリンガルだと誤解されているからでしょう。一般家庭の方は片親が外国人だと、それだけでこどもは自然と2つの言語を自由にあやつれると思っています。でも実際に本物のバイリンガルに育てるには、それなりの努力とリスクがともなうことを知りません。
バイリンガルとは何か?
日台結婚家庭に生まれた一人の男性がいました。彼は日本人の父、台湾人の母を持ち、台湾で育ちました。
幼稚園までは台湾語の世界に浸り、小中学校は日本人学校、高校はアメスクに通いました。日本語、英語、中国語(北京語、広東語、たぶん台湾語も)を話せる彼は、日本と中国語圏で活躍しています。まさにマルチリンガルにみえますね。
でも彼は「夢は何語で見るのですか?」という質問に「私の夢に言葉はありません。トーキー映画のように画面が動いているだけです」と答えていました。もしかしたら彼はマルチリンガルどころか、思考言語を持たないセミリンガルかもしれません。
では、いったい「バイリンガル」とは何でしょうか?単に2つの言語を流暢に話せるということだけでしょうか。文献(1)によりますと、実際にはいくつかのレベルのバイリンガルがあります。
1.二重バイリンガル
両言語とも母語話者と同じ能力を持つ。さらに両言語の読み書きが相当にできる人を「バイリテラシー」と呼んで区別する場合もある。
2.平衡バイリンガル
両言語の能力の差はないが、いずれも母語話者の能力には及ばない。(両言語の能力があまりにも低く、抽象的な思考すらできなくなった状況が「セミリンガル」といえるでしょう。)
3.偏重バイリンガル
いずれかの能力は母語話者と同じだが、もう一方の能力は母語話者に比べて劣る。
実際に二重バイリンガルはまれであり、平衡バイリンガルと偏重バイリンガルが多いといわれているそうです。
国際結婚家庭における母語教育の重要性
国際結婚家庭においても母語の教育が重要だといわれています。
1.言語発達の過程-母なることば、父なることば
文献によりますと、こどもの言語発達は以下の過程を経るようです。こどもは0~2歳に自分を包み護る「吐息のことば(母なることば)」を習得します。これはこどもを養育する者(通常ならば母親)から学ぶことになります。その後、3~5歳(エディプス期)を境に、共同体(社会)の一員として守らなければならない「規範のことば(父なることば)へと、母語の感覚が変化していきます。これは父親や兄弟、親戚、学校などの社会から学ぶことになるでしょう。
2.母語未発達による障害
国際結婚家庭の場合、住んでいる国が父の国なのか、母の国なのか、または第三国なのか、父と母、そして社会がどのような言語をこどもに対して使うのか、など様々なファクターがあり、母語や継承語(こどもにとって母語ではないが、その父母どちらかの母語)の習得状況はそれらの影響を受けてしまいます。
幼児期にちゃんと「年齢相応の」母語を習得できていないと、言語発達の遅い言語障害、情緒不安定、失語症など様々な問題が発生しています。自分の考えていることやしたいことがうまく伝わらないわけですから、イライラして当然です。国際結婚をして海外に住まなければならなくなった経験がある方ならおわかりでしょう。
3.セミリンガルの危険性
また、『言葉と教育』の著者である名古屋外国語大学の中島和子教授(元トロント大学教授)もバイリンガル教育における母語の重要性について指摘しています。言語を蓮の花に喩えると、母語がしっかりと根を張り、茎を伸ばしていれば、そこから第二言語が発達しやすいけれど、どの言語も中途半端だと表面的には美しい蓮の花を咲かせても根のない浮き草のような状態(セミリンガル)になってしまうというのです。母語を習得できなければ、こどもは自分が何者なのかというしっかりしたアイデンティティを確立できず、良好な親子関係も構築できないという研究者もいます。
国際結婚家庭におけるバイリンガル教育の注意点
では国際結婚家庭でバイリンガル教育をするにはどのような点を注意すればいいのでしょうか。
1.使い分けの原則
これまでのバイリンガル研究によりますと、一般的に「人」(母、父、友達など「1人1言語」を使用)または「場所」(自分の家、学校、祖父母の家など「1ヵ所1言語」を使用)によって言語を使い分けることが推奨され、逆に人や場所で使い分けをしなかったり、文中で言語を混用したりすることが最も避けるべきこととされています。
研究者によれば、使い分けの原則を守れば、こどもは混乱なく複数の言語を習得でき、その発達の順序や過程はモノリンガルと同じだそうです。例えば父親と母親がそれぞれの母語で話しかければ、こどもは混乱せずに二つの言語を混ぜることなく習得できるのです。つまりこどもは「この人とは何語で話すか」を決めることができるので、混乱することがないのだそうです。
ただし「1人1言語」の場合、全員が揃った場面でどの言語を使用するかということが問題になります。つまり家庭の共通言語が自分の母語でない者は疎外感を味わう可能性があるためです。このため、何語を共通言語とするかよく話し合う必要があるでしょう。
日台結婚家庭の中には、セミリンガルになることを恐れて母語としての中国語習得を優先するあまり、「別に日本語(継承語)を学ぶ必要はない」と割り切っている家庭もあります。日本人の親が自分の母語を封印してしまうことは不自然な環境でこどもが育っていることになります。母語の封印は同時にその親の文化を封印することでもあり、自己犠牲を強いられることになります。
山本雅代(『バイリンガルはどのように言語を習得するのか』の著者)は、「バイリンガルになるにはマイナー言語にさらされる機会が多いほどよいが、こどもの成長過程によって柔軟に対応することが大切だ」と結論づけています。こどもにマイナー言語(台湾では日本語)学習の動機付けをしたり、マイナー言語の親がメジャー言語(中国語)を学習したりして、国際結婚家庭の家族が互いの言語や文化を尊重している姿勢を示すことが大切なのです。台湾で生活する日本人の親は国際児であるこどもに自分の母語である日本語で語りかけると同時に、台湾の言語や文化を受け入れる姿勢を持つとよいでしょう。
2.「父なることば」との接触
国際結婚家庭にとって「1人1言語」が最良の選択だと思われますが、こどもが小さい頃は母親とのかかわりが強いため、母親の母語が強くなることでしょう。母親の国に住んでいるなら問題が比較的少ないのですが、父親の国に住む場合は父親の母語がこどもの母語ともなるわけですから、「規範のことば-父なることば」にもバランスよく触れさせるためには、特別な努力や配慮が必要となるでしょう。母親が外国人だと、言葉が不自由なため、幼いこどもと家の中に閉じこもりがちですが、これは「規範のことば」との接触を遮断していることになります。公園に連れて行ったり、夫の親戚と会わせたりという努力が必要となるでしょう。
3.言語環境を頻繁に変えない
また幼児期に何度も言語環境を変えることは望ましいことではないといわれています。例えば、(1)父親の国と母親の国を何度も行き来する場合、(2)下の子の出産のために継承語を話す祖父母に預けられる場合、または(3)学校の言語環境を頻繁に変えた場合などは母語が弱体化したり、場合によっては置き換わったりすることもあるようです。
4.セミリンガルを恐れずにバイリンガル教育
大人になってしまうとセミリンガルから抜け出すことは難しいのですが、成長過程のこどもの場合は「一時的セミリンガル現象」として区別すべきだといわれています。(この一時的セミリンガルに陥りやすいのは特に2歳から4、5歳までの幼児だといわれています。)つまり環境を改善すれば、セミリンガル現象も改善することができるのです。
セミリンガルを恐れてバイリンガル教育をあきらめる必要はありません。『言葉と教育』の中で「バイリンガルは、二つの言葉の『統合した力』を持っているものなので、モノリンガルの子どもと比べたらそれぞれの言葉がやや低くなるのは当然なのです。バイリンガルは、モノリンガルを二つ足したものと考えて、少しでもモノリンガルと差があると、『セミリンガル』と決めつけるのは穏当ではないと思います」とも指摘されています。
また、バイリンガル教育は2つの言語が干渉しあうという節もありますが、それぞれのことばが強まれば干渉は徐々に消えていくそうです。
国際結婚家庭における外国人の親が自分の文化と言語をこどもに継承する一方で、母語となる「規範のことば(父なることば)」を住んでいる国の社会から学べるような環境を整えれば、こどもがバイリンガルになる道が開けることでしょう。
5.授業校でイマージョン教育
台湾社会で育つこどもたちは自然と中国語が母語となることでしょう。日本語との接触が減り続ければ、中国語と日本語の比重は当然中国語に傾き、最後には親が日本語で話しかけても中国語で答えるようになってしまいます。日本語授業校は週に1度日本語のイマージョンを経験できる良い機会です。うまくこの機会を利用してください。前述しましたように、完璧な「二重バイリンガル」を育てることは難しいのです。中国語を母語とし、それよりはやや劣るものの日本語の読み書きの力を身につけた「偏重バイリンガル」が一番現実的な目標となるでしょう。
国際児のことを「ハーフ」と呼びますが、プラス思考を意識した「ダブル」という呼び方もあります。ベッドのサイズでたとえるならば、モノリンガルが「シングルサイズ」で、二重バイリンガルが「ダブルサイズ」なら、こどもに望むのは一人前の中国語と半人前の日本語を合わせた「セミダブルサイズ」で丁度いいかもしれません。立派な「偏重バイリンガル」を目指してがんばっていきましょう!
参考文献
1)「世界子育てネットSweetHeart」の「こどものためのバイリンガル教育by萩原裕子」 http://www.sweetnet.com/bilingual.htm
2)『バイリンガルと言語障害』角山富雄、上野直子編(学苑社)
3)『言葉と教育』中島和子
4)Language Use in Interlingual Families:A Japanese -English Sociolinguistic Study, YAMAMOTO Masayo, multilingual matters